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2009_02
28
(Sat)08:15

無邪気な夢

子供の頃、

私、一番なりたいものが、あったの
そう、病院にいくと、テキパキと、必要な物を用意し、
なにやら先生と、むずかしい会話。

なんか、憧れたんですよね~
病んでる人に、親切にできる職業。
看護士さん。


でもね~。
私、血に弱かったんですよ・・・・

子供の頃って、
いろんな夢があって、
幼稚園の先生にはじまり、

水泳を習えば、水泳のコーチ。

エレクトーンを習えば、
エレクトーンの先生。

スーパーのレジの人。

デパートのエレベーターガール。


いろいろ、思いましたけど、
ダントツ、看護士さんだったんですよね~


でも、ある日のこと、
小学4年生ごろだったかなぁ?

ベランダのドアーに指をはさみ、
指先から、血がポタッと、垂れたんですよ・・・。
私、それを見て、青ざめ

ナント、嘔吐して・・・。

ナント、熱をだしてしまったんです


あの日に、諦めました・・・。


案の定、
今でも、自分に注射されるのを、見ることができません
予防接種のような、入れる方なら、なんとか・・・?
あ、でも、見れないですね~。

血液検査で、採血されるとき、
このときは、私、悲愴な顔しているらしく、
たいてい、看護士さんに、「大丈夫ですか?」とか
「苦手ですか?」とか、
何か、言われます・・・



看護士を諦めた私は、
やっぱり、
ずっと、練習してきた、エレクトーンの道に・・・・

弾くのが、大好きで、
幼稚園のころに、母に
頼み込んで、習わせてもらった、お稽古事なんです。

毎日、毎日、練習しました♪
次のレッスンのときには、暗譜で、弾けるくらい、
練習しました


エレクトーンの先生は、そんな私に、応えるように、
他のレッスンを受けるチャンスもくださいましたし、
アレンジや、作曲のレッスンのオーディションにも、
受けさせてくださいました。。。

あの頃は、才能があったのよね~~~。
その後、その才能は、限界を見せてくれたけど。。。


結局、
高校を卒業後、
私は、演奏者になったんですが、
楽しくもあり、辛くもあり、
会社に就職するのとは、違って、
なんの保障もなく、一人、がんばってました。

自分の演奏に、行き詰まり、
レッスンを重ねて、
レコードやCDを聞いては、耳コピーして、真似をして・・・。

音楽って、音を楽しむって書くのに、
ちっとも、楽しめなくなって・・・。

音楽を聴くのが、辛いことになった時期もありましたね。



それでも、辞める事はなく、
日々、精進していたつもり・・・?

もちろん、光が見えて、
楽しく、仕事をできたときも、ありますからね


だんだん、時代は、不景気になって、
私達のような、演奏者は、切られるように、なってきました。

そんな頃、
主人と、電撃の出会いがあったわけですね~~


仕事もしながら、結婚生活をしましたが、
私の仕事も尽きる頃、
喜びの妊娠

私は、きっぱりと、仕事を辞めましたね。


出産後、先生業だけは、残しておこうかとも、思いまして、
復帰しましたが、
今度は、ベビーちゃんが(長男)、許してはくれません。

母に預けて、行ってたのですが、
預けると、泣き通しで、母が、お手上げになっちゃったんです。


これが、本当の、仕事をすっぱりと、辞めた理由でもあり、
私の、限界でした。



結婚して、子育てして、

北海道に居た頃は、はじめは、まだ、下の娘もうまれていなくて、
私の自由な時間もちょっと、満喫して、
いろんなことを経験したのですが、

長くなっちゃったから、
また、今度にします。


今、娘も起きてきましたしね♪
ここで、私の時間は、終わりで~す。

さぁ、母業に戻りますか。。。



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